写真報告3.11赤浜


写真集 大槌町赤浜在住のアマチュア写真家菊池公男さんは、津波に襲われた赤浜地区の被害を伝える写真集「東日本大震災 赤浜2011・03・11」を、昨年5月に作りました。自らも被災しながら撮った津波の瞬間を、写真とキャプションで順次紹介します。下記は写真集に寄せた菊池さんの当日の記録です。

赤浜の復興を考える会

 2011年3月11日、釜石市の帰路東日本大震災の地震を大槌町安渡で車で走行中に受けた。電柱や電線が大きく揺れ怖い思いをしながら、必死で運転を続けた。

県道に設置されている水門が半分封鎖されていた。なんとか自宅にたどり着くと、息子が4歳の保育園児と小学2年生の二人の子供を迎えにいくという。自宅の中は、物が散乱していて室内に入れなかった。

津波の襲来を予知し、車内にあった愛用のデジカメを持って地区の公民館に向かった。道路脇の各家庭には、人影は見受けられなかった。

神田義信館長も避難したらしく公民館にいなかった。自宅付近で漁民の方から「波が引き始めている」と聞いていたので、避難所に指定されている赤浜小学校体育館に行かず昨年2月28日の津波を撮影した高台に小走りで上がった。

間もなく始まった大津波の被災状況を夢中になって、撮影続ける。カメラの電池の残量が3割を切っていた。充電していなかったことを猛烈に反省した。故郷が破壊されていく光景を撮影しながら、家族や住民の安否も心配になってきて、撮影を継続するかどうか迷い続けた。自分は赤浜自主防災会(黒澤豊勝会長)の事務局の役員であると覚悟をした。初めて見る大津波の第2波後の引き波の凄さで「危険を感じ」その場を立ち去り、林道まで杉山を必死で逃げた。

撮影した枚数は約100枚。地元赤浜地域に限定された大津波の被災状況である。大津波で亡くなったり、行方不明になっている方が大勢います。

又、貴重な家屋や船、漁具など失い放心状態の町民の方々を周りに見て、この取材が正しかったか間違っていたかと自分自身で問い続けています。

後世に大津波の恐ろしさ、怖さを残したいと思い写真集を発刊しました。

菊池 公男

One Response to “写真報告3.11赤浜”

  1. 久保 輝昭 より:

    大槌町赤浜の菊池公男です
    掲載有難うござます
    年が変わり復興のリアルタイムをメモリーして
    行きたいと気持ちを切り替えているところです

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