感謝♡感謝


柏崎 広子さん

仮設住宅の前にて

 忘れもしないあの日 3・11、その日私は仕事が休みで自宅におりました。あまりの揺れに「津波が来る!」と直感し、とりあえずの荷物を持ち赤浜小学校に避難しました。
 職場は山田町にある老健施設でしたが、大きな被害にあい職員利用者ともに多くの方が亡くなりました。本来ならばすぐにでも駆けつけなければならなかったのですが、震災直後から赤浜地区は孤立してしまい、私自身も家を流され車も失い、もうどうすることもできませんでした。連絡の取りようもなく職場の方々には本当になんとお詫びしてよいかわかりません。その後職場の事務長さんから震災後避難所にお手紙が届きました。「これからは、あなたはあなたの人生を大切に歩んでください。いままで本当にご苦労様でした。…」との内容が書かれていました。まだまだ落ち着かない時期で私はその手紙に涙し、亡くなられた職員、利用者の皆様のことを胸にとてもつらかったことを思い出します。しかしその手紙をきっかけに私は看護師として、「今、私ができることをしよう」という思いをさらに強くしました。
 瓦礫と化し、燃え盛る大槌町を眼下に医師を探して回った時、これはただ事ではないと実感し、と同時に先の見えない大きな不安を覚えました。それでも少しの衛生材料と血圧計等をやっと手に入れ、ケガをされている方や体調不良を訴える方の対応に追われました。かたわらで、赤浜地区の男性や中高生等は沢水を運んだり、手作業で道を作ったり、女性たちは食糧を何とかしようと、まさに生きるための作業が行われました。医療団が赤浜地区に入ったのは震災後1週間ぐらいたってからでした。この1週間はただただ無我夢中で過ごしていたように思います。その後医療団や保健師さん等の連絡調整、薬の管理、避難所内の保健衛生等の役目をいただき、私のできる範囲でさせていただきました。自衛隊、大阪、静岡、秋田、神奈川、青森など・・・本当に多くの方々に助けていただきました。心から御礼申し上げます。
 私の家族は皆無事でした。現在仮設住宅で暮らしております。長女は高校を卒業し専門学校に通うため、この春から千葉で一人暮らしを始めました。長男は今年地元の高校に入学し、野球部で毎日真っ黒になって帰って来ます。そんな子供たちの成長に「力強さ」「たくましさ」を感じ、元気をもらいつつ、私もこれから仕事に就く予定です。もちろん「看護師」として・・・。
 なかなか進まない「復興」ですが、私個人としてはとりあえず目の前のひとつひとつを大事に、自分のできることをあせらずにやっていこうと思っています。
 私と関わって下さった全ての皆様、本当にありがとうございました。

パンジー

柏崎 広子

平成24年5月

One Response to “感謝♡感謝”

  1. 高橋 望 より:

    紫波の高橋です!ブログにお邪魔させていただきます^^
    昨日は、私にとって素敵な経験となりました。皆さんの笑顔や、おいしいと言ってくれた事に、とても感激しております。
    復興の道は、長く厳しいものと思います。皆さんのご苦労は、私が考える以上の物で、どう言葉にして良いのか、胸が詰まります。
    私が出来る事、人が出来る事、限られているけど、コツコツと自分が出来る事を、そして日々の生活に向かうしかない、それが尊い日常というものだと最近感じております。だから、農家として、人に幸せな気持ちになってもらったり、そんなひと時をくれるブドウや作物を、作って行きたいと思います。またいつかお会いできる日を楽しみにしております。
    この度は、大変大きな励みを頂いたひと時となりました。
    本当にありがとうございました!

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