赤浜小学校での最後の卒業式


赤浜小学校卒業式 平成24年3月17日赤浜小学校での最後の卒業式が行われました。その後、津波被害を受けた赤浜小学校校舎は体育館を除き取り壊しされることになっています。この日は小学生20名の内、5名が卒業していきました。卒業生は卒業証書を授与された後、大きな声で将来の夢を話しています。父兄以外の地域の人達もお祝いに足を運び、会場全体があたたかさに満ちたいい卒業式でした。

 赤浜小学校の校歌をバックに何枚かの写真をスライドショーで動画に入れました。赤浜小学校の卒業生には懐かしさが感じられ、そうでない方には、海とともにあった赤浜をこの校歌から感じることができることと思います。校歌のリズムが私たちの頃は4拍子でしたが、この日の校歌は3拍子で歌われていました。

10 Responses to “赤浜小学校での最後の卒業式”

  1. 及川志保子 より:

     懐かしい赤浜小学校の卒業式の映像が見られて、胸がいっぱいになりました。校歌を全校生に指導して来たのに、忘れていましたが子どもたちの歌う声でおもい出しました。あの校舎が取り壊されてしまうのは、とても残念です。木造で樹の温もりの伝わる、子どもたちとピカピカに磨きぬいた校舎!
     校庭にある桜の木にも思い出がありました。春は美しい花でたのしませてくれました。秋には真っ赤に紅葉した落ち葉が、人が歩くとカサコソと、楽器を奏でるように歌いました。図工の「秋色さがし」でお役にたちました。その桜の葉っぱを集めて堆肥を作ろうというのです。PTAのお母さんたちが張り切って漁具の網にビッシリ詰めた桜の葉を、大漁よろしく掛け声合わせて引っ張って堆肥置き場まで運んでくれたのです。赤浜のウーマンパワーに驚かされました。きっと復興もパワー全開でやり遂げるでしょう。

  2. shozushima より:

    及川様

     コメントありがとうございます。小学校の先生でいらっしゃいましたか?
    きっと、たくさんの思い出をお持ちのことと思います。卒業式の日、子供たちは校舎で最後の授業を受けました。大切な思い出として残っていく事と思います。昨年、桜の木は津波をかぶっても、しっかり花を咲かせ住民を励ましてくれました。今年ももうすぐ華やかな花を見せてくれると思います。
     赤浜は大槌の中でも地域のまとまりが良いようです。昔からなのかもしれませんが、震災でより一層つながりが深まっているように感じています。

  3. 岡本正俊 より:

    あの日から1年が過ぎました。自分を育ててくれたなつかしい赤浜が、あのようになってしまって、忘れる事のなかった1年でした。
    そして、今でも覚えている校歌を聞く事ができました。

    これからは、津波にも負けない故郷になってほしいと思います。

    • 小豆嶋 映子 より:

      コメントありがとうございます。
      私も、津波でもう被害者がでない赤浜になって欲しいと思います。
      復興後の赤浜は、宅地は以前とは全く異なる景色になるでしょうが、高台に人々が住む美しい地区になるだろうと期待しています。

  4. 池田克子 より:

    卒業してもう36年たちました。潮の香り漂う大好きな赤浜が変わり果てたまちになり、そして母校赤浜小学校が無くなることをきき、本当に寂しく思います。一緒に校歌を口ずさみながら、懐かしい想い出に胸が熱くなりました。学校が無くなっても、私たちのこころには永遠に行き続けます。元気な赤浜にまた戻ってくれるよう遠くから祈り続けます。

    • 小豆嶋 映子 より:

      コメントありがとうございます。
      校歌、卒業生の方に特に聞いて欲しいと思っておりました。
      改めて聞くと、本当にいい校歌です。気持ちが共有できてうれしく思います。
      これからも、応援よろしくお願いします。

      • 池田克子 より:

        映子ちゃんですね(^-^) 克子です。古舘克子。2月末に赤浜に帰ってきました。雪に埋もれ、実家のあった場所に行ってもなんの跡形もなく、小さい頃遊んだ海も姿を変え、そして小学校が無くなる…
        私に何が出来るか…考えても考えても答えは見つかりません。
        赤浜に残り、赤浜を支えている方々に心から『ありがとう』と言いたいです。

        • 小豆嶋 映子 より:

           克子ちゃん、こんばんは。
           そうじゃないかな~と思いつつ、違うかもしれないと、克子ちゃんのお母さんに、嫁ぎ先の名字を確認したところでした。
          家のあった周辺は、何も無くなってしまったね。私たちの地区は浜辺子供会だった。
           でも、克子ちゃんが言うように、心の中に生き続けるってありそうです。まだ1年目だからなのかもしれないけれど、家の中とか、その空気感まで鮮明に感じる時があります。
           現在の住まいは第2仮設でお母さんと一緒です。近所には、同級生の広子ちゃん、良二君がいます。震災が疎遠になっていた同級生と話す機会を作ってくれたようです。こちらに来たら、ぜひ、声をかけてください。

  5. より:

    何十年ぶりでしょう 母校赤浜小学校の校歌を聴いたのは…
    忘れてませんでした。それどころか当時の学校が想い出され懐かしく
    涙がこぼれてきました。
     潮の香り 浜仕事の風景 漁船 弁天様 赤浜に帰ってきた~
    とほっとできる景色が めちゃくちゃになってしまいました。
    遠方に暮らす私にできることは何か自問自答の日々です。
    私ができることをずっとずっと続けます。
    必ず立ち直ります 頑張りましょう!!
     サイトを立ち上げいつも更新していただいて本当にありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
    校舎も校庭も無くってしまうけど 記憶の中にしっかり残っています。
    懐かしい赤浜の気色も消されてしまったけど、心にしっかり残っています。たくさんの思い出が残っています。
    次の世代のためにも 新しい赤浜のスタートです
    私も一緒にずっとずっと歩みます。

    • 小豆嶋 映子 より:

      コメントありがとうございます。そして応援ありがとうございます。
      赤浜の景色はすっかり変わってしまいましたが、おっしゃる通り、新しくスタートした新赤浜に期待したいと思います。高台に人々が住む美しい地域になるはずです。
      少し暖かくなり、わかめの収穫が始まったせいか、少しずつ赤浜に活気がでてきたように感じています。
      赤浜は夏がいい。きらきら光る海を見ながら散歩できる日が早く来てほしいですね。
      引き続き、応援よろしくお願いいたします。

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